雑記帳
記録的な北海道の大雪は全国的なニュースになっているようですね。
最も酷いとされる岩見沢市は、降雪量が昨日1月31日で724cmとなりました。結構な大雪だった記憶がある昨年でも同日419cmですから、そのすごさが想像できると思います。
晴れ間を縫って岩見沢市へ除雪のボランティアに行ってきました。
車は小道に入れないので大型スーパーの駐車場に置いて、そこから徒歩で住宅街へ雪を掻き分けて進み、すっぽり雪に覆われた住宅の出入り口を確保してからストーブの換気口や窓を掘り出すという作業でした。それだけで一軒に半日はかかり、とても屋根の雪下ろしなどする余裕はありませんでした。
そうこうしている内にも雪の重さで倒壊する建物が続出し、現在は自衛隊が救出活動を続けています。僕の住む江別市は岩見沢市のすぐ隣、報道には登場しませんが、ほとんど同様の状況になりつつあります。
1週間も続いたあちこちの除雪作業にぐったりしていた数日前の朝、工房のストーブの前でほんわかいい気分に浸りながら、そろそろ仕事しなきゃと決意を固めたところへポツリと雨が降り始めました。それがあっという間に小雨に変わり、ところによっては大雨、もちろん工房の中の話です。
原因は想像がつきました。大急ぎで屋根に上り、2m近く積もった雪を掘り始めました。目指すは屋根の真ん中辺にある排水管の入り口、多分そこが凍って詰まっているのです。
しかし雪の下にあったのは氷ではなく、深さ数十センチに溜まった水でした。
ボザール工房の屋根は、低くなった中央に雨水や雪解け水を集めて排水する仕組みになっており、排水管が詰まると泳げそうなほどのちょっとした池ができるのです。
以前にも一度同様の事件がありました。そのときは台風で飛んできた落ち葉やごみが原因でしたが。
今回は、あまりにも急速に大量の雪が降り積もったために、解ける間も無く管の奥まで凍結してしまったようです。もう僕の力ではどうにもならん、ということで以前にもお願いした専門業者に来てもらいました。
年配のおじさん3人がかりで高圧蒸気とやらをけたたましく噴射し、ものの10分たらずで作業終了、「じゃ、請求書送りますんでよろしくぅー!」と言って得意満面、明るく去って行きました。
工房の床やテーブルの上に散乱した大量の水は、暖房を停止していた僅かの間に凍りついて板状になっていました。
その氷板を剥がして拾い集める作業に次の日1日を費やしました。
外壁を見ると、池から溢れ落ちた水が窓の手すりとその下の小屋根につららを作っているのを発見!
きらきら輝いて何て美しいんだろう・・・なんて到底思えない、これから棒でつついてばらばらにしてやろうと思ってます。
ああ、春が待ち遠しい!
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「イージー・ライダー(Easy Rider)」という映画があります。
映画好きの人なら誰でも知っているアメリカ映画の金字塔と言ってもよい作品です。
1969年の製作ですが、ベトナム戦争で疲弊していた当時のアメリカを象徴するような内容でした。製作のピーター・フォンダと監督のデニス・ホッパーが共同で脚本を書いて主演もするというスタイルが新鮮で、日本では”ニューシネマ(日本での造語)”の筆頭として扱われることが多いようです。
物語は、コカインの密輸で大金を得た二人が、カリフォルニアからニューオリンズまでオートバイで旅をする様子を描いたものですが、アメリカの社会問題と共に”若者の無力感”が強く打ち出されているにもかかわらず、日本では一種の憧れを抱きつつこの映画を見ていたと思います。
”広大なアメリカ”、”豊かなアメリカ”を象徴していたのは、二人が乗っていたオートバイでした。
特にピーター・フォンダ扮する”キャプテン・アメリカ”が乗っていたのは、1965年型のハーレー・ダビッドソンを改造したもので、ハンドルを長く伸ばしシートを思い切り後ろに下げたスタイルは”チョッパー”と呼ばれて日本でも一時流行しました。
近頃では夏になると、北海道をツーリングするハーレーの集団を目にすることがあります。
集団と言っても暴走族などではありません。年齢はかなり高めの人が多く、「イージー・ライダー」を高校生のときに見たという年代の方が中心のようです。ハーレー・ダビッドソン愛好者の集まりであるのは間違いないと思いますが、この方々の走り方は実に紳士的です。スピードは控えめに、他の車両の邪魔をせず、信号無視など絶対になく、擦違うオートバイとは挨拶を交わし、駐車場でも整然とハーレーを並べる様に感心したことがありました。
昨年のことになりますが、このハーレー好きの紳士集団から縁あって仕事をいただきました。
僕は全く知らなかったのですが、アメリカのハーレー乗りは必ず”ガーディアンベル”というお守りを車体のどこかに付けているそうです。このベルを東日本大震災で被害に遭われた方々に贈りたいということでデザインを引き受けました。

写真は、僕のデザインを基にしてアメリカの工房が作ってくれたワックス製の型で、現在はここまで準備が進んでいます。
デザインを考える時にまず留意したのは、年齢・性別・国籍に関わらず意味が伝わるということです。
で、少々ありきたりかも知れませんが”ハート”をモチーフにすることにしました。
ひとりひとりの小さなハートが集まって大きなハートをつくり、大きなハート同志がしっかり手をつないで力を合わせよう、というメッセージが込められています。
実物は高さ2.5㎝の金属製で、製作費にひとつ700円ほどかかります。
ある程度の個数をまとめて注文するために、いま資金集めをしています。
具体的な活動は、ハーレーパーツの専門店「パインバレー」が中心になって進めており、「東日本大震災復興応援プロジェクト」を立ち上げました。
ひとりでポンと大金を提供してくれる方もいるかもしれませんが、できるだけ多くの方に少しずつ協力していただくということに”ハート”の意味があります。
是非とも御協力をお願い致します。
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先日ある会合の席で暖房器具の話が出て、僕の工房ではコークスストーブを使っていると言ったら、30代の人2名から「何ですかそれ?」と言われてしまいました。
以前本州で同様の話をしたときにもやはり知らない人が多く、中には石炭すら見たことがないという人もいました。
僕の小中学時代は石炭暖房、高校で初めてコークスを使いました。しかしそれも、1970年代までのことですから、30代の人が知らないのはもっともなことです。
コークスというのは、簡単に言うと石炭を蒸し焼きにして不純物を取り除いたものです。石炭より火力が強く、燃えカスが少ないという利点があります。
製鉄所や一部の料理店などで今でもコークスは使われていますが、暖房に使われることがほとんどなくなったために、一般的には忘れられてしまったようです。
実は僕もしばらくの間忘れていたのですが、1995年の阪神・淡路大震災の後、エネルギーが一極に集中することの危険性に気がつき、工房でコークスストーブを併用することにしました。
実際に使ってみると、暖房効率及び経済性の点で石油やガス・電気よりも優れていることがわかりました。
ご覧の通り、ストーブ自体が真っ赤になって発熱し、遠赤外線の効果でしょうか、体全体が暖まるような気がします。
上部にはステンレス製の大きなタライをのせて湯を沸かし、乾燥を防ぎます。
ストーブを扱う際の器具に”デレキ”あるいは”デレッキ”と称する火かき棒があるのですが、これを使いこなせるようになるとストーブ初心者の卒業です。
因みに、コークスは”koks”でドイツ語から、デレキはオランダ語由来説が有力です。
僕は小学生のときすでに初級を脱し、現在最も難しいと言われる焚き付けを完全マスターしていますから、師範級のはず。
技を競ったり、自慢したりしたいのですが、周囲に関心を持つ人は皆無です。
どなたかコークスストーブを使ってみたいという人はいませんか?
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昨年末、妻から年賀状の制作を頼まれて色々考えてみたものの、どうも良いアイデアが出てきません。すっかり行き詰っているところへ、折りよく学校から戻った三女が「描いてあげるよ」と僕からPCを取り上げ、5分ほどちゃかちゃかと”ペイント”を操作して龍の絵を描き上げました。
うーん・・・、これ龍か?よくわからんがしかし魅力的な絵であるのは確か、まあいいや、これにしようということになりました。
原稿をプリンターに出力して3枚ほど刷ったところで、ガタッ、ブシッ、ビュイ~ンと奇妙な叫び声を上げてプリンターが停止、背面を開けて覗いてみると、ローラーのベルトが一本切れていました。
近頃プリンターの調子が悪くてミスプリントが増えていましたから、「もう寿命だな」と修理は諦めることにしました。
年末に予定外の痛い出費ですが、妻の年賀状が完成しないということもかなりの危険を伴うもので、意を決し近所の大型電気店へ。
担当の若い女性店員に、聞かれてもいない事の成り行きを説明し、「えーっ、13年もですかあ~!」と驚かれ、自分の年齢に気づかされました。
そうなんです、HP(ヒューレット・パッカード)社のプリンターを買ったのは1998年、女性店員が小学生の頃、三女はまだ生まれてもいない年代でした。
それはともかく、たくさんある機種の中から価格と性能の兼ね合いを考えて僕が選んだのは、ブラザーの複合機「マイミーオ」シリーズの中堅機種でした。念のため女性店員に「あなたのお薦めは?」と聞いてみると、僕が内心決めていた機種と目出度く一致、すみやかに決定となりました。
使い慣れたHPの機種にしようかとも思いましたが、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の件が脳裏をかすめ、日本の会社にすることにしました。
ブラザーといえばミシンのイメージが強く、プリンターってどうなんだろ?と思いつつ、工房に戻ってから「ブラザー」をネットで検索してみると、売り上げの90%が日本国外という会社だそうで。北米ではファックスが7年連続第1位のシェア、ユーロでもプリンターが1~2位のシェアです。
TPPに関連して米国は、日本製の車や電化製品に国内シェアを譲り渡した見返りに、日本の農業や医療の分野で自由に売らせろと言ってるわけですから、むしろHP社の製品を買うべきだったかもしれません。

新しいプリンターで印刷した年賀状。
娘の絵を使ったというのは初めてのことですが、もうひとつ初めてのことがあります。
例年、「あけましておめでとうございます」と平仮名で書いていたところを「Happy New Year」にしました。(娘が書いたからですが)
「アメリカさん、英語を使うから許してくれぇ~!」と言ってもだめでしょうね。
ともあれ、プリンターはすこぶる調子がよく、安心して使えます。
新しいプリンター同様、新しい年が不安なく快調な1年になりますように。
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今年は随分ウサギをモチーフにした作品が出て行ったなと思ったら、卯年だったんですね。
今年最後の注文品もウサギの絵でした。
12月22日に出産予定の息子夫婦へ、お母さんからのお祝いです。
実際の誕生はちょっと遅れたそうですが、ウサギ年にギリギリで間に合いました。

お父さん(左)とお母さん(右)の間に、まだ”ピース!”もできないほど小さな女の子を入れました。
可愛がられて大事にされて、やんちゃな甘えん坊に育つといいね。
優しい人たちと綺麗なものに囲まれて、いつまでも幸せに暮らせたらいいね。
このステンドグラスが、懐かしい思い出のひとつとして心の中に残りますように。
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南へ旅発ったステンドグラスは、今頃目的の場所へ無事到着しているかな?
たくさん買っていただいたから、プレゼントに工房製品のクリスマスツリーをひとつ同梱したけれど、喜んでもらえるだろうか?
と、自分で直に納品しないときは、ついつい色々と考えてしまいます。

作品のデザインは、「PEACE」シリーズを気に入っていただいたので、その形に倣ってアレンジしました。
写真ではよくわかりませんが、子供たちの好奇心をくすぐるためにガラスの質感の違いを強調しています。
サインと共に記す年数は、通常実際に制作した年を表しますが、今回は施主の要望で建物の完工年に合わせました。
「ゆり」です。
花弁の斑紋に、ローズ色のエマイユを用いました。

「きく」です。
黄色のエマイユを施しました。
エッチングと絵付けに、6点中最も手のかかった作品です。

「もも」です。
ゴールデンピンクのガラスをエッチングしてこの花を表現するのは少々困難でした。

「すみれ」です。
当初は紫色の被せガラスを使用する予定でしたが、この表現には適さないと判断し、やめました。
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工房の周りもすっかり冬景色、今朝は美しい樹氷とダイヤモンドダストが見られました。
新雪を抱えて並んでいる松の木がクリスマスツリーのようです。
先週完成した作品が、昨日暖かい地方へと旅発ちました。
北海道から本州のどこかへ出るとなると、我々北海道人は”南へ”行くという印象を持ちますが、実際は南というより”西へ”向っていることが多いようですね。
ステンドグラスは225㎜角の小品が6点、熊本県水俣市の清香保育園へと向っています。
来年春完成する新築の園舎で、クラス名を表わした作品を飾っていただくことになりました。
僕の作品が到達した(まだしてませんが)国内最”南端”あるいは”西端”地点です。
僕自身は兵庫県尼崎市までしか到達したことがありませんから、いつか作品に追いつきたいと思っています。

今回は2点のみご紹介します。
残り4点もすぐにお見せします。
「うめ」です。
見上げると、真っ青な空をバックに映える白い花、のイメージです。

「ばら」です。
ばらは赤く、周囲の色を抜きました。
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第2回目の「フッ酸エッチング講習会」を名古屋で終えてきました。
前回同様2日間にわたり、日本各地から集まった10名の方々に、エッチングの基礎を体験していただきました。
作業箱の前で作業できるのは一度に二人だけ、他の8人は周囲でそれを見守ります。
大勢で作業をするのは煩わしい面もありますが、ただ物を作るだけでなく様々な状況の中で安全に作業をするということも重要な体験になると思います。
講習会も中盤になると会場が熱気を帯びてきて、多少緊張した雰囲気になるのが常です。
互いの注意や助言、依頼に補助、称賛と慰めの言葉が入り混じり、しかし決して批判や非難の言葉はなく和気あいあいと講習を終えることができたのは、受講者の皆さん及びスタッフの方々の心遣いによるものでしょう。
いつも3時に甘いおやつを出していただくのも嬉しいです。
今回はスタッフの女性が、ふわふわのシフォンケーキを作ってくれました。
生クリームとフルーツも添えられて、豪華&美味!でした。
講習の合間に聞いた話によると、受講者の大半はJR新幹線を利用して名古屋まで来ているようでした。今回は僕も東京から新幹線に乗って名古屋入りしましたが、東京駅を出発してすぐに弁当を食べ始め、暖かい午後の日差しを浴びながら、ちょっと居眠りをしたら名古屋駅に到着、あっという間の2時間でした。そこから大阪までは1時間、京都までなら30分の近さ、名古屋は東京と大阪のちょうど中間地点と思い込んでいましたが、幾分関西寄りのようです。
しかし講習中、僕が「名古屋は関西に近いんだね」と言うと、京都から来たという女性から「いえいえ、名古屋は関東ですよ」と即座に否定されましたから、文化的には東京寄りということでしょうか。
とはいえ名古屋は”八地方区分”による中部地方の紛れもない中心都市であり、関東でも近畿でもない独自の文化を持っていることは誰もが承知するところです。
近頃は御当地ばやりで、日本各地の変わった習慣や珍しい食べ物の情報がふんだんに入ってきます。中でも僕が興味を魅かれるのは御当地ラーメンの情報でして、札幌育ちのラーメン好きとしては自然の成り行きでしょう。しかしながら此の地のラーメンについて、これまで聞いた覚えがなく、”名古屋ラーメン”というのはないのだろうか?と思っていたら、JUJOの講習会担当の方が「台湾ラーメンを食べに行きましょう」と誘ってくれました。
”味仙(みせん)”という中華料理店で、炒めた挽肉がたっぷりのせられた結構な辛味のラーメンを御馳走になりました。1970年代に味仙の店主が考案した”台湾ラーメン”は、今では市全域に広まって、これが名古屋の御当地ラーメンだろうということです。この店の手羽先も特色があり、”世界の山ちゃん”とはまた別の美味しさです。
さらに翌日は”矢場とん”のみそかつを御馳走になりましたが、かなりの人気店のようで、久々に行列の一員となりました。
江別に戻った夜、おそるおそる体重計に乗ってみたら、メーターの針が新地開拓、かつてない目盛に到達しました。
まあ当然の結果でしょうね。
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「本業以外ーその1-」、この文章を書き始めたとき最初に付けたタイトルです。
現在の僕の仕事はというとステンドグラスの制作ということになりますが、元々そうだったわけではありません。
30年前に考え今もそのまま使っている会社名”ボザール・デザインビューロー”は、英語圏でもフランス語圏でも通じる単語を並べたもので、直訳すると”美術意匠事務所”となります。名前の通り美術に関するデザインなら何でも引き受けるつもりでした。あわよくば海外進出を果たそうという意気込みでしたが、来る注文はステンドグラスの仕事ばかり、この仕事で海外へというのはかなり難しいものがあります。
とは言え思い返してみると、30年の間にいくつかステンドグラス以外の仕事もしています。
サンドブラスト装飾やモザイク、タイル画、モニュメントや照明器具、花器・食器にアクセサリーのデザインは、ステンドグラスそのものではないけれど仕事の範疇でしょうね、今でも時折やっています。
ショーウインドのディスプレイや庭の設計もやりましたが、ステンドグラスとの共通点がありました。
しかしかつては、ステンドグラスとは全く関係のない本の装丁やポスター・DMのデザインも仕事としてやったことがあります。それがいつの間にかだんだんやらなくなって、ずらりと並んでいた名刺の営業項目が次第に減り、今では”ステンドグラスのデザイン・制作”という肩書きだけが残っています。
別にそれが悪いというわけじゃなし全然それで構わないのですが、たまたま最近立て続けに全く別分野のデザインを引き受けてやってみたら結構面白かったもので、これもいいな、またやろうかな、という気持ちになっているわけです。
ですが、これまでやった仕事の資料や現物が何か残ってないかと捜してみたところ、これが見事にひとつも残っていませんでした。写真のひとつも撮っていないなんて、そもそも僕自身ステンドグラス以外の仕事を本業とは考えていなかったんじゃないかと思います。

唯一残っていたのは、20数年前、ある教育関係団体の機関紙の表紙をデザインしたときに描いた鉛筆デッサンでした。
具象的な絵はめったに描かないのですが、何故かこのときは子供の顔を思い切り写実的に描きたいと思ったようです。
今後はステンドグラス以外の仕事もブログで積極的に紹介していくことにします。
文章と写真で記録できるという点が一番のメリットですが、本当の目的は”デザインに関する仕事なら何でもやりますよォ~”というアピールです。
そういう意味でブログのタイトルに「本業以外~」なんて書いちゃいけない、全部本業だけどステンドグラスとは区別したくて「面白い仕事~」とすることにしました。
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昨晩から今朝にかけて雪が降り積もり、工房の窓から見える空地もすっかり冬景色となりました。

暑い季節には涼しげに見えるガラスですが、今この時期雪の光に映える淡色のアンティックガラスは、むしろ温もりを感じさせてくれます。
雪を見ると僕の頭の中で自然に流れ始める曲があります。時には実際に口笛で吹いたりもします。
1968年フランスのグルノーブルで開催された第10回冬季オリンピックの記録映画「白い恋人たち」(クロード・ルルーシュ監督)のテーマ曲です。
この映画を封切時に見て、それまでの記録映画のイメージとはかけ離れた芸術性の高さに感動しました。美しい映像と共に流れるフランシス・レイの曲も印象的で、ちょうどそのころ夢中になっていたクラシックギターで弾こうと毎日練習した覚えがあります。
そのせいですっかり頭にこの曲が浸み付いてしまったようです。
あとでわかったことですが、映画の原題は「13 Jours en France」というもので、「フランスにおける13日間」という意味です。何の変哲もない、いかにも記録映画っぽいタイトルでした。
「白い恋人たち」というタイトルは、日本の映画配給会社が勝手に創作したものですけれど、映画が日本で大ヒットした要因のひとつではないかと思います。
タイトルとしては、芸術性を感じさせるという点でフランスの原題より優れており、クロード・ルルーシュ監督に差し上げたいくらいです。
さて、今やすっかり有名になった石屋製菓(本社札幌)の「白い恋人」というお菓子ですが、これがちょっとした騒動をひき起こしているようで。
といっても騒動の原因は石屋製菓ではなく、吉本興業の子会社が販売している「面白い恋人」です。
石屋製菓によると、誤って購入した人からの苦情が寄せられるようになったため提訴したということです。
昨年関西空港でこのパロディー商品を発見したときには、密かに笑ってしまいました。
さすが大阪だなとは思いましたが、パッケージの外観も菓子自体の内容も本物とは差異が大きく、かなり本家に遠慮したなという感じがしました。
これを誤って買う人はまずいないだろうと思えますが、買ったとしても石屋製菓に苦情を寄せるのはお門違い、「面白い恋人」を作った会社に言うべきでしょう。
きっと面白い答えを返してくれるはずです。
もともと映画の題名をパクった商品名ですが、商品自体もベルギー人のショコラティエであるジャン・ギャレ(Jean Galler)が考案した焼き菓子ラング・ド・シャ(langue de chat)を模したものです。それをさらにパクって問題になっているわけですが、菓子はみたらし味のゴーフレットですから、全くの別物です。
かつて「白い変人」というのが発売されたことがあり、こちらは商品・パッケージ共に本物によく似ていましたが、やはり問題になって販売停止になったのでしたっけ?
いずれにせよ「白い恋人」が全国区で有名なために起きる騒動です。
ステンドグラスの仕事を始めた頃、職人ではなく作家を目指したいという僕に、ある画廊主が「他人の真似をしてはいけない。他人に真似されるようになったら本物だね」と言いました。
「白い恋人」が30数年もの間売れ続けているのは、その命名のおかげだけではなく、実際に美味しいからなんだと思います。
会見を開くなら「うちの商品は素晴らしく美味しい。本物はここが違う。食べ比べてみてください」と、この機会にちゃっかり全国に宣伝した方が良かったのに。
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ボザール・デザインビューローは
モンゴルにマツの植樹を行うことで
地球温暖化防止に貢献しています