作品コンセプト

タンポポと戦う ー後編ー

2008年05月10日

消えつつあるエゾタンポポを守って自宅の庭で繁殖させようという思いつきは、どこか正義を貫くような快感があって、どれだけ大変であっても実行する価値のあるアイデアのように思えました。幸いに、と言ってよいかどうか分かりませんが、隣接地の畑は地目変更があり、我が家の庭をぐるりと囲むようにアパートが建ち、アスファルトで固めた駐車場もできましたから、タンポポの種の飛散を心配する理由が希薄になっていました。さらに、エゾタンポポならば開花期が5月~7月と短く限定されているし、西洋タンポポに比べて種が重く、遠くに飛ばないということも好都合に思えました。

その年からより本格的なタンポポ絶滅作戦を実行に移しました。つまり根を切ってもだめなら、丸ごと引き抜いてしまおうという単純だけれど大変な作業 でした。大きな株の根は、50cm以上も下に伸びており、きれいに引き抜くのは容易ではありません。30cmくらいまでスコップで掘り、そのあと引き抜くのですが、うまくやらないと途中で折れてしまいます。地面が濡れているほうが抜きやすいということがわかって、雨の日に合羽を着て作業することもありました。二つあるコンポストの中は、タンポポの根でびっしりになりました。その年は暖冬で、雪が降ってもすぐ溶けて消えうせるため、12月中頃まで作業を続けることができました。

翌年の春、つまり去年の4月のことですが、 雪が消え失せ、クロッカスやスイセンが咲き始めたある日、僕は準備万端、勇んで庭に出ようとしていました。前年にどれだけタンポポの根を抜いたとしても、 完全に始末できるわけもなく、放っておけばまたたくさんのタンポポが現れるのは想像がつきます。そこで最後の秘策として準備していたのは、ブルーシート。 建築現場用のブルーシートを庭全面に敷き詰めて、光合成をさせないという兵糧攻めを決行することにしたのです。しかしその直後、思い出すのもいやなくらい悲惨な運命が待っていました。

ブルーシートを持って、勢いよく踏み出した左足がいきなり数十センチの深さに落ち込みました。その瞬間ボキッと鈍い音がして、足首が妙な形に捻じ曲がり、くるぶしから穴の底に着地していることがわかりました。足首は見る間に赤紫色に腫れ上がって、その日は歩くこともままならず、翌日病院へ行き検査、骨折はしていなかったものの重度の捻挫で、まともに歩けるようになるまで2ヶ月、完治は半年以上先になるだろうということでした。深い縦穴は、前年に冬季保存用の大根を埋めた跡で、暖冬のため大根は腐って溶けてしまい、穴だけが残っていたものでした。そういえば厳寒の頃、雪を掘って大根を捜したら一本も見つからず不思議に思っていたのです。僕はすっかり意気消沈、戦う気力を失ってしまいま した。

肝心の「タンポポ」展の話ですが、足を捻挫する前にすでにタンポポを図柄にしたステンドグラスをいくつか作っていました。但しそれはすべてエゾタン ポポを描いたもので、 応援と愛着の意味が込められていました。

ある晴れた日、捻挫した足を引きずって久方ぶりに庭に出てみると、予想通り、すでにたくさんのタンポポが咲いていました。しかしその丈はいずれも極端に低く、僕が根絶やしにしようとした西洋タンポポの子供達が生まれ、嬉々として春の光を浴びているかのような光景でした。

負けた・・・と思いました。僕はその西洋タンポポの子供達をいとおしく感じたのです。おそらく新しい種から生まれたのでしょう。ぎざぎざの葉はまだ 小さく、茎は細くて短くて、眩しいほどの鮮やかな黄色い顔がそよ風に揺れながらいっせいにこちらを見ているような気がしました。そんな気持でこの先戦えるわけがありません。思えば西洋タンポポには何の罪もないのです。ただ与えられた命を必死で守り、子孫を残そうとしているだけです。工房の向かいの空き地に増やしたデイジーだって、元はヨーロッパ原産の外来種です。デイジーを増やし、西洋タンポポを絶滅させようとした理由がよくわかりません。自分の身勝手さを恥じ、贖罪の意味を込めて、西洋タンポポを図柄にしたステンドグラスを多数作り、展覧会の開催となりました。

西洋タンポポエゾタンポポと西洋タンポポはどこが違うか?最も簡単な見分け方として、花びらの下の総苞という部分の外片が下向きに反り返っているのが西洋タンポ ポだということです。それ以後僕の作ったステンドグラスのタンポポはすべて総苞外片が反り返っています。その方が、よりタンポポらしく見えるほど、僕達はすでに西洋タンポポに親しんでいます。

余談になりますが、”タンポポ”という言葉の音の響きがいいですね。この花にピッタリの音だと思います。英名では ”dandelion”(ダンデライオン)、どうもしっくりきません。元々はフランス語の”dent-de-lion”(ダンドゥリオン)からきてお り、ライオンの歯の意です。こちらもやはりピンとこない発音ですが、フランス語にはもうひとつの呼び方があって、”pissenlit “(ピッサンリ)といいますが、こちらの方が広く使われている呼び名だと思います。”ピッサンリ”は結構いい感じがしませんか?

タンポポのステンドグラス

昨年の展覧会の折、総苞外片の見事に反り返ったタンポポを5つ描き、”pissenlit”の文字を入れた作品を作ってDMの写真に使いました。「”西洋タンポポ”の展覧会です」という、僕からの隠されたメッセージでした。

■関連情報
タンポポと戦うー前編ー
企画展作品「たんぽぽ」

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タンポポと戦う ー前編ー

2008年04月27日

現在函館のギャラリー村岡で「デイジー」展を開催中ですが、昨年の同じ頃には「タンポポ」展をやっていました。どちらも被せガラスにエッチングした あとエマイユで着色するという方法で表現してますから、モチーフは違うけれど似たような印象を受けるかもしれません。しかしその動機と言いますか、制作に 至るまでの過程は全く違うものでした。

僕は渓流釣りが好きで細々と30年近く続けていますが、始めた頃 よく釣れたヤマベやイワナやオショロコマが次第に数を減らし、代わりにニジマスが増え、近頃ではブラウントラウトが幅を利かせている川もあります。ニジマスもブラウントラウトも元々日本に居た魚ではありません。ニジマスは1877年北アメリカから意図的に輸入され、ブラウントラウトは1920年代北部ヨー ロッパより偶然移入されたと言われています。不思議なもので、大抵の外来種は獰猛で繁殖力も強く、在来種の絶滅が危惧されています。

タンポポについても同様なことが起こっており、今日本中で目にするタンポポの多くは西洋タンポポと言われる外来種で、明治の初めに食用として輸入したものです。在来種は幾種かありますが、北海道ではエゾタンポポが主です。しかし、そのエゾタンポポも今ではほとんど見つけることができません。

10数年前、野幌原始林のそばに住んでいたとき、エゾタンポポの群生地を偶然発見しました。その後毎年そこを訪れる度に、エゾタンポポが減り、西洋タンポポが増えつつあることを確認していました。ついでに言いますと、その近くでわずかばかりのカタクリも自生していましたが、こちらは数年で完全に消滅 しました。

タンポポ話が次々と変わるようですが、5年前に現在の住居に引っ越してきたのは4月の1日でした。家の裏手には日当たりの良いまずまずの広さの庭がありまし て、先住者がどのようにこの庭を使っていたのか、どこにどんな花が咲くのかと楽しみにしていましたら、4月の末になって庭一面いっせいに咲き始めたのはタンポポでした。もちろんすべて紛れもない西洋タンポポでしたが、長い間放置されてたらしく、相当に株が大きくなっていました。これはまずい!と思いまし たが、それは引っ越した当初、庭の隣接地すべてが畑だったためで、タンポポの種が飛散すると畑に大迷惑をかけるからです。とにかく種になる前にタンポポを 刈り取らなければなりません。その日からタンポポとの戦いが始まりました。
初めは手作業でひとつひとつむしり取っていましたが、それではとても追いつかないということがわかり、電動の草刈機を購入しました。これでもう安心と鼻歌まじりで庭仕事を楽しんでいたのは最初だけ、エゾタンポポの期間限定と違い、西洋タンポポは初霜の降るまで咲き続けます。つまりそれまで毎日のよう にタンポポを刈り続けなければ種の飛散を許すことになってしまいます。さらにやっかいなことに、黄色い花のときに刈り取ったタンポポをそのまま地面に放っておくと、種に変わってしまいます。刈るだけでなく、後片付けにも時間と労力を必要とします。

次の年、これではイタチゴッコも同然だということがわかって、根を鍬で切ることにしました。この方法は少なくとも一時的には効果があって、気をよく した僕は、いそいそと花壇の図面を描き、レンガなど買い込んで、翌年の分まで種を蒔きました。工房の向かいの空き地から、お気に入りのデイジーをたくさん 持ってきて、いたるところに移植したりもしました。

しかし、翌年の春、これまでにないほど元気の良いタンポポが湧き出て来るように咲き始めるのを見たときは、タンポポが報復しようとしているかのよう に見えました。デイジーは陰も形もなく消え失せました。おりしも巷では、米国が日本に牛肉を買え、買わねば許さぬと脅迫まがいの言動を繰り返していたとき で、僕の怒りは頂点に達しました。

怒りは時として人に活力を与え、ドーパミンのなせる業か、とびきりのアイデアを与えてくれることもあります。僕は、庭の西洋タンポポを絶滅させて、代わりにエゾタンポポを持ってきて増やそうという考えにとりつかれました。  - 後編に続く ー

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デイジーの話

2008年04月17日

14年ほど前のこと、札幌の工房が手狭になり、新しい場所を探して隣の江別市にやってきました。あちこち紹介されて見回ったけれど、どうにも気に入ったところがなく、あきらめかけていたら 、閉店したばかりの酒屋があるとの情報を得て、あまり期待せずに見に行きました。

物件は確かに酒屋だったようで、1階はガラス張りの店舗、2階は住居、3階まであって、そこはだだっ広い物置と、奥に怪しげな隠し部屋がありまし た。1階のコンクリートのたたきには、そこかしこに酒瓶が散らばっていて、隣接のガレージと酒蔵も酒瓶だらけでした。きれいに片付ければまずまずの広さ で、好きなように改装してよいという条件も好都合です。その他にも、JRの駅に近いとか、家の前に大きな融雪溝 があるとか、隣が飲み屋、斜向かいが釣具屋、裏手には北海道一の大河である石狩川と、数十万匹の鮭が上る千歳川の合流点があることも気に入りました。即決でここを借りることに決めました。

空き地しかし、僕が何よりも気に入ったのは、道路をはさんだ真正面に広がる広い空き地でした。中学校の野球場が2面取れるくらいの広さです。公園ではなくただの空き地。工房があわただしく移転したのは、3月の末頃、まだ雪が残っていました。

僕はこの空き地を、工房の庭と考えることにしました。ただ考えるだけにとどまらず、誰彼となく「うちの広い庭」 の自慢をし、実際自由に使っていましたから、中には本気にする人もいたようです。

最初の年、庭にどんな花が咲くか写真を撮りながら観察することにしました。まだ雪が溶けきらないうちに咲き始めるのはクロッカス、次にスイセン、その次はタンポポと思っていたら、ちいさな白やピンクの花が先に出てきました。人に聞いたら、雛菊だと教えられました。英名ではデイジーです。子供の頃に札 幌でも咲いていた記憶がありますが、今ではほとんど見られなくなりました。

タンポポが咲いてもまだデイジーは咲き続けます。丈の高いタンポポの間にちらほら見え隠れするデイジーは、かわいらしくもひ弱でけなげで寂しそうにさえ見えて、僕の父性本能を刺激しました。僕は、このデイジーを庭一面に咲かせようと決心しました。

デイジー、ステンドグラスその日から、14回目の春を迎えました。暇を見つけてはあちこちに移植させたデイジーは、年々その領土を広げ、今では空き地の3分の一ほどを占めるようになりました。それはそれは見事なものです。

今年は、このデイジーをモチーフにして作品を作ることにしました。
僕がデザインをするときは、その前にしばらく瞑想に耽ります。というのは少々かっこつけすぎで、有体に言うと、過去の記憶の中に何か使えそうなものはないかと、狭い引き出しの中を隅々までひっくり返して捜索するのです。 そうしてまず最初に見つけたのは、ウィリアム・モリスの壁紙。デイジーの美しいシリーズがあって、色違いを一通り揃えたことがありました。しかしこれは使 えません。絵を描こうというときに他の絵を思い浮かべるのは、直接的すぎて反って邪魔になります。

30年ほど前の話ですが、英国にウィリアム・モリスのステンドグラスを見に行ったことがありました。そのときに見た一枚のステンドグラスは、中央に少女が一人寂しそうに立っていて、その周りに小さな花がいくつか、シルヴァーステインの黄色に彩られ散らばっているような図柄でした。

そのステンドグラスには何の説明もなかったけれど、僕はこの少女はルーシー・グレイだと思いました。ルーシー・グレイはワーズワースの詩篇に登場す る少女で、 吹雪の荒野で息絶えたあともなお、その清純な魂が荒野を彷徨う様が美しく詠われています。「嵐が丘」の最後の場面にも共通しますが、嵐が丘なら当然ヒース であるのに対して、現在の僕のイメージでは、ルーシー・グレイは何故かデイジーと結びついています。僕の勝手な想像でルーシー・グレイは、デイジーに姿を 変えて荒野に生き続けており、毎年一輪だけの花を咲かせます。

さらに妄想は続く・・・。
モリスのステンドグラスに描かれていた小さな花もデイジーだったような気がします。(どんな花の絵だったか全く記憶にありませんが)
ブロンテ3姉妹はワーズワースの詩から多くの着想を得たのではないでしょうか。「ジェーン・エア」にも「嵐が丘」にもワーズワースの詩に共通するイメージが感じられます。(どちらもちょっと暗い)
三番目のアン・ブロンテが書いた「アグネス・グレイ」は、もしかして「ルーシー・グレイ」のことかも。(読んでないので全く根拠がない)
三人とも夭逝したのがデイジーのはかなさを思わせます。(ほとんどこじつけ)
僕の妄想は英国から離れられません。
ビートルズの名曲「ルーシーインザスカイウィズダイアモンズ」がルーシー・グレイを歌ったもののように思えます。(歌詞の意味はもともと不明だから、どう思おうと構わないでしょう)

ステンドグラス デイジーこの曲を聴きながらデザインをすることに決めました。
孤独なルーシーは、デイジーに姿を変えて天に昇りダイヤモンドたちと共に光輝く・・・。
仕事は調子よく進みましたが、50回ほどリピートしてさすがに飽きました。
チェンジザミュージック。

僕は仕事のとき、特にデザインをするとき、必ず音楽を流します。想像力が刺激されたり気分が高揚したりして、気持よく仕事が進められる音楽というの があって、かつてはビートルズだったりビーチボーイズだったり、レイ・チャールズやクロード・フランソワだったりしましたが、最近はさだまさしさんです。 さださんの曲にずばり「デイジー」というのがあって、最後はこれで盛り上がろうと決めていました。

ドラマチックなメロディーに誘われて様々な映像が目に浮かびます。
ステンドグラスを透して床に落ちた光・・・、
モリスの壁紙に飾られたホテルの部屋・・・、
ヒースの丘に咲く一輪のデイジー・・・、

さださんの「デイジー」の歌詞は聞こえたり 聞こえなかったり、

~  忘れないで 僕だけは君の味方
~  たとえ別れても  愛は変わらない

ステンドグラス デイジー工房の向かいの空き地・・・、
一面に咲き誇るデイジー・・・、
もう寂しくはないはず

~  忘れないで いつまでも君の味方
~  たとえ世界を敵に回しても

春風にいっせいにたなびくデイジー 、
今年もあと2週間もすればこの風景を目にすることができます。

しかし、さださんのデイジーは、

~  逆光線に揺れてた ”鉢植えの” デイジー

でした。

春の訪れ~デイジー~」展は、
2008年4月 21日より5月10日まで、
函館のギャラリー村岡で、
5月13日より25日まで、
江別のウッドいのうえで開催されます

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