水と地と空

2017年01月16日

昨年12月に注文いただいた仕事、注文主は、ボザール工房と同じ江別市内に住まわれるSさんご夫妻です。
Sさんの家は築十数年で、2世帯仕様の大きな建物です。設置希望場所は階段の踊り場、北西向きの縦長嵌め殺し窓です。窓の向こうには学生寮の建物が見えますが、少し離れているので、空の広がりを十分に感じられます。ステンドグラスには、うってつけの場所です。奥様とデザインの打ち合わせをしながら、僕はすでに頭の中に図柄を想い描いていました。

僕の脳裏に浮かんだのは、子供のころ遊んだ近所の野原。田んぼと小川の間にある細長い畦道のような野原でしたが、そこに寝転がって空を眺めるのが好きでした。伸び放題の草のせいで視界の両側が塞がれ、空が縦長に切り取られて見えました。
題材を「水と地と空」に決めて、抽象的な絵を描き提案しましたら、すぐに了承いただきました。これまでにも何度か扱っている題材です。しかし、今回もやってみたかったのです。Sさんご夫妻は僕とほぼ同年代、子供のころに浸ったあの空気感を共有できるような気がしました。
僕の過去の作品に使用したデザインスタイルをベースにして、過去にはなかった新しい部分を加味することにしました。

 
 
昨年の内に、ガラスカットとエッチングを終えました。

 
エッチングしたピースは4枚、こんな感じです。

 

それを新年に入ってから組み立てて、めでたく11日に取り付けとなりました。

 

 
 
 
 
 
 

 
 
階段の下から見上げるステンドグラスは、全面空がバックになるので、スッキリとして見えます。
 
 
 
背面のサッシ縁幅が50㎜あり、それを乳白系のガラスで隠しました。
 
 
図柄的には、あまりひねりを効かすようなことはせず、シンプルに素直に作りました。
 
 
 
 
 
 
 
  
 

 
 
 
下部が”水”、中ほどが”地(植物)”、上部が”空”をイメージしています。
 
 
抽象的なデザインですが、具体的な事物からインスピレーションを得ているので、半具象と言ってもよいデザインです。

 
 
 

2016年最後の仕事になるはずでしたが、2017年最初の仕事になりました。
 
 
ちなみにSさんご夫妻は、今年が結婚40周年だそうで、「2017年のサインは、記念になってちょうど良かった」と言っていただきました。

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できることをやろう2016ーその4-

2017年01月13日

14日(水曜日)午後。この日は忙しい。午前中の相馬保育園訪問の後、夜は仙台で演奏会がある。つまり山形県から福島県、さらに宮城県へと移動するわけだ。

そう言いながらも、途中少し時間の余裕ができたので、宮城県角田市の陶芸家池田匡優さんのエミシ工房を訪ねることにした。池田さんには2年前の支援旅行の際に大変お世話になっている。参照→「できることをやろう2014ーその12-」
池田さんによると「最近になって放射線の観測数値は大きく低下し、それに伴って人々の関心も薄れている」「決して安全になったわけじゃないのは分かっているけれど、気持ちが少し楽になった」ということだ。そこに住み続ける人の自然な感想だと思う。

 
改装したギャラリーを見させていただき、2年前に買い求めた粉引きのカップと同じ種類のものをもうひとついただいた。
 
お猪口をおまけにつけてくれた。

 
「この次はまた一緒に飲みましょう」と約束して、慌しくエミシ工房を後にした。

 
そこから車で1時間ほど北に位置する仙台市宮城野区新浜へと向かう。宮城野区は仙台市を構成する5区の内のひとつで、北東の太平洋に面している。大震災の時は、高さ10m以上の津波が時速数十kmで押し寄せたと言われており、多くの犠牲者を出した地域だ。小野さんはこの地域の仮設住宅のひとつに過去三回訪れている。
現在その仮設住宅は撤去されているが、居住者の一部は今でも近辺に暮らしているそうだ。この夜はその方々が、被災地に新しく建てられた集会所に集まってくれることになった。

 
まだ明るいうちに”新浜町内会集会所”に到着。

津波はここまで到達しており、周囲には寂しげな風景が広がっている。

 
 

 
集会所の隣にそびえ立つ、ちょっと異様な感じがする建物は”津波避難タワー”だ。その高さが、この地を襲った津波の高さを物語る。

真新しい建物に入り、演奏の準備をする。
準備が終わり、軽く腹ごしらえをするために持参の食料を出そうとしたら、すかさず「これを食べてください」と、とんかつ弁当に漬物、お茶を手早く用意してくれた。そうこうしている間にも、会場にちらほらと人が入ってくる。来場の方々同士は普段から顔を合わせているらしく、久しぶりという感じではない。小野さんにとっては1年ぶりだが、ほとんど顔見知りの人たちだ。

 

十数人の人が集まって、小野さんが演奏を始める。

小野さんの演奏は、「わたしの家」とも「相馬保育園」とも違う。

より深く、響き渡る音質で、その音にふさわしい曲を奏でる。

 
 

プログラム後半で必ず出てくるドラムが、元気と共に連帯感を生む。

ドラム協演には全員参加、何度か経験している人たちばかりだから手馴れたものだ。

皆で遊んで盛り上がって、「また来るよ~」とお別れしながら集会所の外に出る。
 
 
一時はすべてを失ったように見えた土地だけれど、本当に”すべて”ではなかった。残された命が、たくましく新しいものを生み出しているのは確かで、少しでもそこに関われることが嬉しい。

その夜の僕たちの寝床は、集会所の床でも、どこかの居間の片隅でも十分と思っていたのだが、近隣のホテルの部屋を用意してくれていた。
散財させてすみません。色々とお気遣いありがとうございます。ただただ恐縮するばかりだった。

ー続く

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できることをやろう2016ーその3-

2017年01月11日

14日(水曜日)朝早く山形を出る。

外は、夜の間に雪景色に変わっていた。前日お世話になった遠藤さんが、「車の中でどうぞ」と朝食のおにぎりセットを持たせてくれた。それをいただきながら、福島県相馬市まで高速で2時間の旅だ。

9:30 相馬保育園到着。
2年前と何も変わっていないかのように見えるが、あの時の年長さん年中さんはすでに卒園している。今保育園で預かっている子供たちの大半は、震災後に生まれ育った子供たちだ。保育士さんたちの中にも、新しい顔ぶれが見える。
10:00過ぎに子供たちが入場して、演奏開始。
僅か1時間ほどの間、フルートの音色と太鼓のリズムに浸り、踊り周って汗をかく、という体験が子供たちの心に何を残すだろうか。
 
その答えを知ることはできないけれど、音楽が人格の形成に少なからず寄与するだろうということは多くの人間が確信している。

 
 
同じことが美術にも言える。
色や光そのものが、人間、特に成長期の子供に与える影響は大きいと思う。
 
 
2年間飾ってもらったステンドグラスを別の作品に交換した。
 
これから来る春を予感させる図柄にした。

 

園長室で昼食の弁当をご馳走になりながら、最近の子供たち、というよりその保護者たちの様子など教えていただいた。
 
保護者たちからのよくある質問のひとつは、「園庭で遊ばせる時間はどのくらいですか?」というものだそうだ。
その返答に対する反応が否定的な場合、理由は二つに別れるらしい。
ひとつは「そんなに長い時間子供を園庭に出さないでほしい」というもの。
もうひとつは、全く逆に「もっと長く子供を外で遊ばせてほしい」というものだ。
 
親の知識や考え方で、子供たちの人生が変わっていく。それはなにも福島に限ったことではないけれど。

来年また来ることを約束し、子供たちに見送られながら園を後にした。
 

保育園近くの「新町緑地」という公園に”ドロイド”の姿が見えたので、隣で測定してみる。
 
ドロイドの数値は0.101μsv/hだが、持参の測定器では0.14μsv/hだった。

 
ー続く

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できることをやろう2016ーその2-

2017年01月05日

13日(火曜日)10:20 仙台港到着。
 
 
 
空間放射線量の測定をしてみる。
 
0.08µsv/h。
 
2年前、同じ場所で計測した時は0.12µsv/hだった。

数値が小さくなっているが、それだけで即座に何かが分かるということではない。
 
 

放射線とその計測に関してはできることをやろう2014-その9-」~その11-までを参照ください。
 
 

 

 

 
仙台港から山形市に向かう。
 
 
前回お世話になった佐藤洋さんの関係で、社会福祉法人ほのぼの会が運営する「わたしの会社」という施設で演奏会をすることになった。
 
福島県からの避難者もここで働いている。

 
到着するとすぐに、施設内で運営する「桜舎かふぇ」で昼食をご馳走になった。
 
木の温もりあふれるゆったりとした場所で、優しい料理の数々。

 

 

 
その後の演奏会。
 
知的障害の方が多い施設だ。
 
小野さんは、会場の様子を見ながら即興で様々な工夫をする。
 
話の内容はもちろん、その長さとか声の大きさとか。
 
曲の選択や演奏の順番、楽器の選び方、出し所などなど・・・。
 

ドラムを気に入った方が何人か、演奏会が終わった後でも名残惜しそうに叩いてくれた。

 

 

その夜は、「わたしの会社」施設長の遠藤暁子さんのお宅に泊めていただくことになっていたが、その前に遠藤さんお勧めの百目鬼(どめき)温泉に立ち寄り、一日の汗を流す。
 
「湯に3分以上浸かってはいけない」と注意書きにあるくらい、効果絶大の泉質。
 
湯あたりを起こす癖がある僕が、案の定、休憩所でへたり込んだ。
 

 

その後、山間にある遠藤さんのお宅へ。
 
 

ここでもまた心づくしの料理の数々をいただいた。
 

 

与えるものより、与えられるものの方が多い支援旅行だ。
 
しかし、”ものの量”が大事なのではない。
 
繋がること、それを続けることが大事なんだと言い訳しながら、有難くお世話になる。

  

ー続く

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できることをやろう2016ーその1-

2016年12月28日

先週は、タングロン支援基金による東北支援活動に行ってまいりました。
参照→「再び・なにができるだろう?」

”支援”と言うのもおこがましいような活動内容ですが、基金に協力してくださった方々に、そしてそれ以外の方々にも、福島の現状の一端をお知らせできればと思います。東北への訪問支援活動は、ほぼ年に一度、2011年東日本大震災の翌年から続けており、今回で6回目になります。僕自身は、2014年の活動が最初、今回が2回目です。

前回の報告につきましてはこちらをご覧ください。

→「できることをやろう2014ーその1-」~その12まで

 
12日(月曜日) 19:00 太平洋フェリーにて苫小牧港発

小野氏は前日より体調すぐれず出発が危ぶまれたが、ぎりぎりになって出発を決断、予約したフェリーに駆け込み乗船。

フェリーに乗ってしまえば仙台まで15時間の旅、何もすることがないのでゆっくりと休息をとることができる。

 

寝台に荷物を放り込んだら、まずはデッキのテーブルで夕食。

支援活動中は、極力出費を抑えるために、持参のおにぎりやら何やらで済ませる。

 
船旅の夜は長く、普段できない四方山話をする貴重なひと時。

とは言え、12時前には就寝。

 

 
 
僕は翌朝5時に目覚めて大浴場へ。

湯船につかりながら、うっすらと明るくなり始めた遠くの空を眺める。

 

 
風呂から上がって6時頃、缶コーヒーを片手に、誰もいないデッキをうろつく。

小野さんはまだ起きてこない。

体調はどうなんだろう?

 

空は晴れ渡り、海は凪。

水平線の上を、大きな船が逆方向にゆっくりと移動していくのが見える。
水平線は、はるか遠くに思えるけれど、実はわずか4.5kmの距離にあるのだという事実を思い出した。
地球は丸くて小さな天体だ。
バタフライエフェクト・・アマゾンの蝶の羽ばたきが、台風となって日本を襲う。

ー続く

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続・それぞれのココペリ

2016年10月24日

北米先住民の精霊「ココペリ」としばらく遊んでみようか、という話がまとまったのは今年の春過ぎ。夏には「木とガラスのココペリ講習会」をやりました。
参照→「それぞれのココペリ」

「なぜココペリなんですか?」と聞かれることがあります。それはもちろん、インディアンフルートの制作と演奏をしている小野昭一氏の誘いがあったからに違いないのですが、それだけでは理由になりません。小野氏にとって、ココペリと関わることはごく自然な流れでしょうけれど、僕にとっては何ら関わりがなく、ココペリをデザインする必然的な動機がないのです。しかしその”関わりがない”ということが、ココペリと遊ぶ動機になっているとも言えそうです。
少々ややこしい話になるので、「なぜココペリ?」という質問をされた方に対しては、きちんと答えたことが一度もないのですが、ここに書き記しておこうと思います。

40年近く続けているステンドグラスの仕事の中で、これまでに何度かお断りしている提案があります。それは”アイヌ模様をステンドグラスにしたら?”というものです。提案する方の大半は、僕が北海道出身だから”地元の伝承文化を大切にするのは良いことだ”という考えからのようです。
こうした善意の提案に逆らうのは、なかなか勇気のいることです。小心者の僕は「そうですねえ、そのうち考えてみます」なんて言いながら誤魔化してきましたが、近年になってやっと「やる気しないなあ~」と本心が言えるようになりました。

生まれも育ちも北海道、小学生の時は、教科書でアイヌ民族の歴史を学んだり、「ピリカピリカ」を歌ったりしたものの、その後アイヌ文化ともアイヌ人とも接触はなく、せいぜい家の玄関に木彫りの熊がひとつ置いてあったくらい。その熊だって比較的最近、観光用に始めたことらしいです。数十年北海道に居ても、アイヌ文化との繋がりと言えば、”サッポロ”や〝エベツ”や”シレトコ”など、アイヌ語由来の地名に親しんでいることぐらいしかありません。

ましてや僕はアイヌ民族を蹂躙した和人の子孫であり、これまでなんら貢献することも関わることもなく過ごしてきたのに、今更自分の仕事にアイヌ文化の遺産を利用するなんてできるわけがない、と思うのです。

では、”ココペリ”はどうか?アメリカの先住民もまたアイヌ民族同様、またはそれ以上に激しい侵略にさらされた悲惨な歴史があります。しかしその歴史と僕との間には、アイヌ民族との間にあるような微妙な関係は一切なく、深刻に考え過ぎなければ、ココペリの姿も一種のキャラクターとして見ることができます。

なんと無責任な!と、ある筋の人たちからは叱られそうですが、事実なんだから仕方ありません。要は、”ココペリ”くらい離れてしまえば気楽に”遊べる”ということではないでしょうか。

 

そんな気楽な展覧会「ココペリ展」の第1回目を、地元江別市で10月11日~15日までやりました。

小野さんと僕ともう一人、札幌の蜜蠟キャンドル作家小中由紀子さんが一緒でした。

これはその時のDMです。

 

かつてボザール教室の生徒で現在京都市在住の大平直美さんにデザインしてもらいました。

2回目は大阪です.

こちらのDMデザインも同じく大平直美さんです。

大阪展では、小野さんと僕の他に、神戸市在住の画家あおやまあきらさんが参加してくれることになりました。

会期中のイベントも満載です。

どうぞ遊びに来てください。

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作品の輝き

2016年07月21日

今年も行ってまいりました。札幌平岡高校学校祭におけるクラス別ステンドグラスコンテストの審査です。
僕と美術の先生、それともう一人別の先生の三人が、いくつかの観点から作品に点数を付けて、金銀銅の三賞と特別賞を決めます。通常は合計点数の高いものからほぼ自動的に賞が決まるのですが、今年は迷いました。というのも、少なくとも僕に関しては上位三クラスが同じ点数だったからです。

同じ点数だから引き分けにして三クラスとも金賞にしよう、というのは良くありません。芸術の本分は競争することではないけれど、負けたり否定されたりすることによって大きな力が生まれることがあるのは美術史が証明しています。自分より優れた他者の存在を見せつけられて意気消沈する者もいれば、逆に命の炎を燃え上がらせる者もいます。つまり”金賞”は誰よりも優れた力を称えるものでありますが、”銀賞””銅賞”には新しい力を喚起するという役目があると思うのです。

 

さてそれで、今年の金賞は、さんざん迷った末に3年4組の作品「海の底から」になりました。

 

デザインも制作技術も、かなり完成度が高い作品です。

表現のスタイルが出来上がってる感じがします。

 

 

 

 

銀賞は、3年3組の「Who is Wolf ?」でした。

 

丁寧に作っていますが、形や色彩はさほど洗練されていません。

しかしそれが、躍動感や若々しさを感じさせる要因にもなっていると思います。

 

 

 

 

銅賞は、1年5組の「光」です。

 

まず題材が新鮮でした。

これまでに見たことがないデザインです。

加えて水の描き方が秀逸でした。

 

僕はこの3点に同じ点数を付けました。

 

それでは何が勝敗を分けたのかというと、それは”作品の輝き”です。”輝き”は3つの作品すべてにありますが、しかしその種類が違うのです。
「海の底から」 は、高度なセンスで全体が統一されて淡く均一に輝いている感じがしますが、「Who is Wolf ?」 は、どこかぎくしゃくとしながらもある一点が強烈に輝いている気がします。「光」は、スケールの大きさが隠されているかもしれないという可能性と、次回作への期待を感じさせてくれる輝きです。

迷いました。総合的な完成度か?粗削りの強さか?将来性か?他の審査員の意見も交えて、結果は上記の通り。かなりの接戦でした。

 

僕が一人で勝手に決める特別賞は、3年7組の「LOOK INTO」です。

 

この作品も、金銀銅賞の作品に劣らず輝いていて、是非とも拾い上げたいと思いました。

例年特別賞はアイデアを重視しており、技術的なことはあまり気にしないようにしていますが、この作品は技術も伴っています。

 

 

知人のデザイナーに、この審査の話をしたら、「真剣だね」と笑われました。もちろん真剣です。「高校の文化祭ごときで」などと思うなかれ、どこぞのエンブレムデザインコンペなどよりよほど公正に競っているのだから、審査する方も真剣でなければなりません。

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それぞれのココペリ

2016年07月19日

先週の16日土曜日、北海道は好天に恵まれました。ちょっとやってみようか、なんて軽~いノリで企画した「木とガラスのココペリ講習会」に数名の人が集まってくれました。

 

会場は小野昭一氏の自宅敷地に建てられた多目的ホール「KOCOMATSU」です。

当日朝の明るい日差しに誘われて、「外でやろう!」ということになりました。

 

ホールの入口前にタープを張り、テーブルと椅子を並べて即席の講習会場完成。

明け放された入口扉の向こうに、ステンドグラスが見えています。

もちろん僕の作品です。

 

 

 

午前中はガラスの講習。様々な形にカットされたガラスの小片を一つ選び、カッティングシートを貼って、鉛筆でココペリの図柄を描きます。ココペリを描くには三つの要素をクリアすればよいだけです。まず横向きの猫背の体形、頭には羽飾りのようなトサカ、そして必ず縦笛を吹いていること。受講者の方々は、ネットからプリントしたココペリ画像を参考にしながらも、それぞれの個性的なココペリを描きました。

 

その後は、描いた線の通りにナイフでカットしてシートを剥がしたら、ガラスの講習は終わりです。

エッチングとはんだ付けの作業、そしてご希望の品に仕上げるまでは僕の仕事です。

ガラス片を工房に持ち帰り、昨日午後から夜中までかかって6人の方々の作品を完成させました。

受講者の方々が自分で描いたそれぞれのココペリです。

 

講習会に話は戻りますが、ガラスの作業が終わって、小野氏がホールで受講者の皆様にフルートの美しき音色を聞かせている間に昼食の準備。

 

僕はアンチョビとひよこ豆のディップに、ニース風サラダを作ってきました。

折しも14日にはニースでテロ事件があり、見慣れた海岸の悲惨な光景がテレビに何度も映し出されていました。

30数年前、ニース大学に2ヶ月だけ通ったことがありますが、授業が終わると毎日のように海岸へと繰り出したことを思い出します。

大学の学食や海岸のレストランで定番のメニューだったニース風サラダは、何もできない僕からせめてもの哀悼の気持ちを込めて作ったものです。

午後からの、小野氏が担当するココペリ木工部門には僕も参加しました。

 

木片に絵を描き、糸鋸で切り出して、角をナイフで削りやすり掛け、文字に書くと簡単ですが大変に時間のかかる作業です。

工房に戻ってから、赤ワインで着色し、蜜蠟を塗り込みました。

結構かわいいココペリができたと自分では満足していますが、他の方々のはどうなったかな?

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トドまってはいけない展 13

2016年05月01日

毎年この時期に開催してきた「トドまってはいけない展」を今年も行います。
展覧会の創始者の一人であり名付親でもあった近藤勝さんが昨年お亡くなりになり、会を存続するかどうかという話し合いが持たれましたが、”トドまってはいけない”という近藤さんの遺志を継ぎ、続けていこうということになりました。

 

不思議な会です。

規約らしきものは一切なく、参加も自由、脱会も自由です。

一人当たりの展示スペースは決められていますが、何を展示するかは自由です。

出品物を売っても良いけれど、基本的には売ることを目的にはしていません。

「じゃ、何が目的なの?」と聞かれそうですが、正直なところ僕にもよくわかりません。

 

元々は近藤さんの専門であるトドマツをもっと活用しようというところから「トドまっては~」というダジャレの展覧会名が決まったわけですが、その後参加者が増えるにつれてその意味は薄れ、展覧会名だけがひとり歩きしてきた感があります。
13回目の今年は24名の多彩な方々が、多種多様な展示を計画しているようです。

 

で、僕は何を展示するかといいますと、ガラスで作った「ココペリ」たちです。

ココペリ(Kokopelli)とは、ネイティブアメリカンの精霊であり、豊作・子宝・幸運をもたらす神のような存在です。

地域や年代によってその姿は変化していますが、通常縦笛を吹く横向きの姿で、頭には触覚のような羽飾りが描かれます。

展覧会の出品者のひとりでもあります小野昭一さんが作っている”ラヴフルート”は北米インディアン由来のものですから、ココペリとは深い関連があります。

 

 

小野さんは以前から木製の小さなココペリを作ってまして、僕にもガラスで作ってみないかとのお誘い、そのうち「ココペリ展」でもやろうやという話に発展しました。「ココペリ展」はまだ大分先のことになりそうですが、今回はその素材と試作品をお見せしようと思っています。

この説明だけではよく分からんという方は、是非会場にてご覧ください。

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続・絵が描けない?

2016年02月21日

ヨーロッパに現存する古いステンドグラスの模写をすることによってその制作技術と感性を学ぶ、というやり方はパリの工芸学校(通称メチエ)で実践していた教授法ですが、ボザール教室でもその方法を取り入れています。


メチエの授業は、製図やガラスカット、組み立ての練習からスタートしますが、その練習は半年ほどで切り上げます。

それ以降卒業までは、絵付けの勉強に集中します。

もちろんガラスカットや組み立ての作業もあるけれど、それはできて当然という扱いです。

 

現在ボザール教室の生徒が進めているオータンの作品模写は、メチエの最終課題のひとつでした。

この作品の模写をするには、土台となる絵付け技術の積み重ねが相当に厚くなければなりません。

 

 

 

実際の作品の制作年代は1515年、ステンドグラスの絵付け技法が最高潮に達しようとしている時代です。

この後数十年の間、ステンドグラス絵付け技法は、油彩画などの影響を受けて”絵を描く”技術の目覚ましい発展を遂げます。

しかしステンドグラス本来の”光を透す”という目的をおろそかにしたため、17~19世紀までの長い退廃期を迎えることになります。

オータンの作品は、高度な絵付け技術を施しながらも、まだステンドグラスとしての魅力を失っていない、という時代の記念碑的な作品です。

 

 

 

メチエの課題で制作するのは、14人の王の内一人の上半身だけ、400h×300w程度の大きさです。

それでも必要な技術を習得して模写を完成させるまで、普通に通学して数ヶ月を必要としました。

対して、今ボザール教室で生徒が制作している模写は、1600h×900wほどの大きさがあります。

面積にすると12倍、4人の聖人のほぼ全身を描いています。

メチエでもこの大きさで制作した例はありません。

そんな作品の模写に果敢に挑戦したボザール教室生徒は、僕の容赦ない駄目だしにもめげず、この作品に2年以上の月日を費やしてここまで到達しました。

 

あと1回、焼成をすれば組み立て作業に入ることができます。

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